弥生・古墳時代

卑弥呼ってどんな人?わかりやすく簡単にまとめました

卑弥呼

古代史最大のミステリーと言えば邪馬台国がどこにあったかだと思います。

畿内説や九州説がありますが未だに決着がついていません。

邪馬台国も謎ですが、その国を支配していた卑弥呼もどんな女性だったのか厚いベールに包まれています。

今回は、その卑弥呼が一体どんな女性だったのかわかりやすく簡単にご紹介します。

卑弥呼のプロフィール

卑弥呼は、弥生時代後期3世紀ごろの邪馬台国の女王でした。

卑弥呼が邪馬台国の女王だったのがわかるのが晋の国の「史官陳寿(しかんちんじゅ)」が記した「三国志」の中の「魏志倭人伝」という書物に書かれていました。

まさむね
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「魏志倭人伝」は、書かれている記事の時代と本書の成立時期が近いので.信頼性の高い重要な資料になっています。

その中に卑弥呼のことが書かれていて倭国(日本)はもともと男性の王が治めていましたが、戦乱が絶えず邪馬台国の一女子、卑弥呼が女王に就任することによって戦乱が治まったということです。

邪馬台国とは、一支(いき)、伊都(いと)、奴(な)投馬(とうま)、邪馬(やま)からなる30あまりの国々の連合国家で、卑弥呼がいた邪馬台国がもっとも大きく政治的組織も整っていたので統率権を握りました。

景初3年(239年)卑弥呼は魏王朝に貢物をし、お返しに「新魏倭王」の称号と金印、銅鏡100枚、その他多くの品々を賜りました。

紀元248年に卑弥呼は亡くなり、大きな墓を作り、奴婢100人以上を殉葬(じゅんそう)したと倭人伝には書かれています。

卑弥呼は何をした人?

卑弥呼が女王になった背景には、卑弥呼がシャーマンとしての能力があることが第一の理由でした。

「魏志倭人伝」の中で有名な言葉で卑弥呼は「鬼道に使え、よく衆を惑わす」とありますが、卑弥呼が原始宗教に通じ巫女として人々に大きな影響を与えたことがわかります。

まさむね
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卑弥呼には弟がいて、卑弥呼の託宣を受けて政務を行ったとありますが、もしかしたら、卑弥呼は女王というより平安時代の陰陽師に近かったのかもしれません。

卑弥呼は、夫は持たず宮殿にこもり、人前に姿を見せず、女家来1000人をはべらせていてただ1人の男子(弟?)が宮殿に出入りを許されて卑弥呼の飲食の世話や彼女の言葉を伝えました。

卑弥呼の実情は本当にこれだけしかわからず謎に包まれています。

卑弥呼のエピソード・逸話

宇佐神宮の神様

九州の大分県に「宇佐神宮」がありますが、この宇佐神宮に祭られている神様、「比売大神(ひめおおかみ)」という神様なのですが実はこの比売大神が卑弥呼という興味深い説があります。

そもそも卑弥呼とは本当にその名前の人がいたわけではなく当て字です。

まさむね
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卑という字はいやしいと読みますので魏の国が倭国を下に見てわざとこの字を当てたのだと思います。

「倭国」、「邪馬台国」、も同様で当時の中国の中華思想によって与えられた蔑視です。

考えようによっては、ヒミコ=ヒメミコと言われていたのではないかと思います。

ですので、比売大神は卑弥呼のことではないかと言われています。

宇佐神宮本殿が建っている小椋山は、古墳と考えられていてなんとこの古墳が卑弥呼の墓ではないかという説があります。

しかも、宇佐神宮中央の「二之御殿」地下には石棺があるという確かな伝承もあります。

邪馬台国九州説では宇佐も有力候補の一つで他にも色々候補地がありますが九州説での卑弥呼の墓の候補地はこの地だけです。

大分には、耶馬渓(やばけい)という場所もあり、邪馬台国の字によく似ています。

箸墓古墳に埋葬されている

奈良県にある、全国最古の大型前方後円墳の箸墓古墳の被葬者は卑弥呼と言われています。

邪馬台国の場所が九州説と畿内説にわかれていますが、畿内説論者の拠り所になっているのがこの箸墓古墳です。

後円部の規模も魏志倭人伝に記された卑弥呼の墓の大きさ百余歩に相当し築造年代も最近の研究では3世紀半ば過ぎまでさかのぼることがわかり、卑弥呼が亡くなったとされる247年もしくは248年に相当することから箸墓古墳は卑弥呼の墓だという可能性が高いと言われます。

顔に入れ墨を入れていた?

その他、倭人伝には、卑弥呼のことが書かれていますが、そこに「丹朱をもって身を扮する」と書かれていてこれは入れ墨のことだと解釈されます。

一説には入れ墨は体ではなくて顔に入れていたという説もあります。

まさむね
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女王としての威厳を出すために顔に入れ墨をいれていたのでしょうか。

卑弥呼=アマテラスオオミカミ?

他にも調べてみますと、卑弥呼と日食が切っても切れない関係があるいうこともわかりました。

余談ですが、アマテラスオオミカミの「天の岩戸隠れ」は皆既日食の神話的記述だと言われていますが、卑弥呼が亡くなった248年にも皆既日食があり卑弥呼とアマテラスオオミカミは同一人物ではないかとも言われています。

卑弥呼のまとめ

以上、ご紹介してきた卑弥呼のことを最後に簡単にまとめておきますね。

まとめ
  • 卑弥呼は弥生時代後期3世紀の邪馬台国の女王
  • 中国の魏志倭人伝に卑弥呼のことが書かれている
  • 卑弥呼はシャーマン
  • 魏に貢物をしてお返しに新魏倭王の称号と金印、銅鏡をもらう
  • 宇佐神宮に祭られている比売大神は卑弥呼か?
  • 箸墓古墳は卑弥呼の墓と言われている
  • 卑弥呼は入れ墨をしていた
  • 日食と卑弥呼は関係ある?

今から、1800年前の女王卑弥呼。

古代の謎の女王卑弥呼と言う女性がいたということに思いをはせてみませんか。

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